6年、経ちました。

今年の梅雨は、入梅宣言した翌日には、夏を思わせる晴天だったり、

落雷が激しい、土砂降りの雨が降ったり、昨年とは違った天気になっています。

 

お花をあげました

 

今年もクゥの命日に、お花とお線香を上げました。

 

お花をあげましたクゥには似合っていると

思い、今年のお花にも、

向日葵が入っています。

 

お空を向いて花開く

向日葵を、

クゥはお空から

眺めているかな。(^^)

お庭のお墓にも、

お花とお線香を。

 

きっと、クゥは、

キャンプとか、旅行とか、

いつも一緒だね。

これからも、

零と静を見守ってね。

5年、経ちました。

今日は、小雨が降り、気温はあまり上がっていませんが、ムシムシしています。

 

5年前の今日は、雨は降っていなかったものの、やけに蒸し暑く、

グレーの雲が広がり、重苦しい一日でした。

 

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クゥの写真へ、お花とお線香をあげました。

 

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クゥのお墓に、義母が草木を植えて、賑やかになっていました。

そこにも、お花とお線香をあげてきました。

 

今でもいろいろな事を思い出し、生きていたら、零静のお姉ちゃんとして、

「どうなっていたかなぁ??」なんて、考えたりします。

今日は、最近の無精を謝り、クゥの冥福を祈りたいと思います。

4年、経ちました。

死んだ仔の年を数えるな!と言いますが、命日になると、つい数えてしまいますね。

そして、想い出を振り返り、浸ってます。

 

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でも、哀しい想い出ばかりでなかった事、今ではそう思えます。

この写真は、北海道のナイタイ高原で撮ったものです。

今年、4年ぶりに北海道へ行こうと、計画しております。

 

クゥ、実現できるよう、見守っていてね。

そして、、、きっと、一緒だね♪

あっという間に、、、

3年が経ちました。

記憶に中のクゥは、笑顔だけではないけれど、 とても忘れられない思い出でいっぱいです。

 

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お墓に線香をあげるのは、命日・盆・お彼岸と すっかりとサボり気味ですが、

いつも心の奥に。

 

今日は、久しぶりにお花を買ってきて、写真の前に お供えしました。

これからも、お空から、零静、飼い主達を 見守っていてね。

経ちました。

 

今日はクゥの命日です。

 

お墓を掃除して、お花を供え、線香をあげました。

お花は庭に咲いていたお花で、ジョブジョンがクゥの為に積んできた、

最初で最後のお花でした。

 

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クゥ、家に来てくれて、ありがとう!

一緒に居れた時間は短かったけど、いろいろ気づかせてくれたね。

クゥが巡り会わせてくれた零静は元気いっぱいで、大変だけど毎日楽しく暮らしているよ。

 

たまに、ここにクゥが居たら、、、なんて、考えたりもするけどね。

この一年、あっという間だった気がします。

クゥの事はいつも心の片隅にあり、いろいろな場面で思い出されました。

 

三日坊主の私が欠かさず続けてきた事があります。

それは、クゥの仏壇(すぐ埃をかぶってしまう、棚の上にあります。)の水を替え、

お線香をあげる事。。。

それと、お花を結構\あげていました(安いお花だけでしたが。。。汗)

 

最近は零静に感けて、忘れる事もありますが、これからも続けて行きたいと思います。

でも、気負ってはいません。

忘れ去らない程度に続けます。

 

ジョブジョンは午後一時帰宅して、クゥのお墓の周りを綺麗にしたそうです。

夏は雑草が生えてしまうので、まめに草むしりをしてあげないと。。。(^^);

 

『天使になったクゥ』

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友達から贈って頂いた詩です。

 

*‐** 天使になったクゥ *

 

クゥはかわいい女の子でした。

小さな身体で元気に走り回る女の子でした。

好き嫌いの多い女の子でした。

一人ぼっちは嫌いな女の子でした。

 

みんながお出かけするときは 小首をかしげて

つぶらな瞳をウルウルさせて

寂しそうにみんなをみつめる女の子でした。

 

でも、クゥはおりこうでした。

ちゃんと一人でお留守番もできました。

明日のお散歩を楽しみにして

みんなが遊んでくれるのを楽しみにして

おりこうな女の子でした。

 

ある時、クゥがお昼寝してると 遠くから声が聞こえてきました。

「クゥちゃん 起きなさい。」

優しい穏やかな声でした。

クゥがぼんやりと目を開けると

背中に大きな羽根をつけた神様が立っていました。

 

神様は言いました。

「クゥちゃんはおりこうさんだから、ご褒美をあげましょう。」

神様がクゥの背中に手を触れると

クゥの背中に小さな羽根が生えてきました。

 

最初クゥは驚いて、その羽根を取ろうと

何度も何度もグルグルグルグル回っていました。

でも、そのうちに身体が軽くなるのを感じました。

フワフワ フワフワ

今にも風船のように浮き上がりそうです。

 

クゥはだんだん嬉しくなってきました。

知らず知らずのうちに走り出していました。

ウキウキして、ワクワクして

クゥは楽しくて仕方ありません。

 

しばらくするとクゥの身体は空を飛んでいました。

クゥの目の前に今まで見たこともない風景が飛び込んできました。

車が沢山走る道。

お店が並ぶ商店街。

橋の下を流れる川。

緑の木々に彩られた山並み。

太陽は手の届くくらい近く。

夏の空は青く澄みきっていました。

 

クゥはどこでも行けるのです。

窓からみんなの笑ってる顔が見えます。

お友達を驚かせて叱られてしまったり

一緒にかけっこだってできるのです。

いつも いつでも クゥはみんなと一緒にいられるのです。

 

時には星空の中だって 天の川を渡り 南十字星を眺め

月の中のうさぎさんとだって

一緒にお餅をついたりしてます。

 

そして遊び疲れたら

やっぱり 一番ここがいいね

ここはクゥのお気に入りの場所

静かにゆっくり眠ります。

 

明日はどこに行こうかなぁ

南の島の夢を見ながら・・・ オテンバ天使は眠ります

小さな羽根を休めて

おやすみなさい クゥちゃん

 

 

* 天使になったクゥ *

さようならの朝

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?空(クゥ)の最期について思ったこと?

?わんこと交通事故について考える?

 

お世話になった皆様へ。

クゥへの悼みの言葉をいただいた皆様へ。

 

いつもと何にもかわらない、朝の散歩だった。

蒸し暑い6月の最後の日。

いつもどおり、ぼく達は散歩に出た。

最近のクゥは絶好調だったんだ。

ダイエットもうまくいって、体のキレもダッシュも素晴らしくて。

気分も上々の日々が続いていたんだよ。

 

でも、結果としては、それは裏目に出た。

事故に遭う直前のクゥは、本当に楽しそうだった。

お友達犬を遊びに誘ったり、こっちの路地を探検したり

あっちの道端で匂いチェックしたり。

 

ぼくは呼んだんだ『クゥ?おいで?!』

クゥは走って来た。

広場で遊んでいるようなつもりだったのだろう。

ぼくを大きく迂回して走り抜けた、得意気な楽しそうな顔だった。

力強い見事な走りっぷり、素晴らしいダッシュだった。

若さと躍動感が炸裂。生命力が輝いていた。

 

でも、そのラインは、車道の中央近くにまで及んでいた。

クゥの走る正面から、トラックが迫っていた。

クゥは、体をバンクさせてきれいな大きな孤を描いてゆっくりと右にコーナリング。

でも、まだ気付いていない。

(後で聞いたのですが、道の反対側にいたブゥブゥさんにも

 得意気な笑顔を送っていたんだって)

クゥのスピードなら、楽に避けられるタイミングだった。

はしゃぎすぎてトラックに気が付くのが遅れてしまったのだろう。

 

『クゥだめだ?っ!』っと叫んだような気がする。

ガゴっ!っと大きな音がした。

トラックの左前輪が、まともにクゥの腹を乗り越えるのを見た。

かっと見開いた、目、口。

クゥの最後の叫び。

腹が裂け、腸が飛び出すのも見えた。

瞬間でわかった、もうダメなことがわかった。

 

何故、こんな、凄惨な光景を目の当たりにしなければならないのか、と思ったのは後のことで、

その時は、『自分は冷たい人間なのだろうか?』と思うほど冷静に状況を観察していた。

事故にあった人からのよく聞く話で、

『実際は数秒なのに、その瞬間がすごく長く感じた』というのがあるけど、

あの時のぼくは、そういう状態だったのだと思う。

後から思い出してみても、そうでなければつじつまが合わないことがたくさんある。

とにかく、この場をこのままには出来ない。

ブゥブゥさんにクゥに付いていてもらって、車を取りに自宅まで戻る。

1キロに満たないその距離がどんなに遠く感じたか。

家で、クゥの体を入れられるダンボールの箱を探す。

それは、すぐ見つかった。

このあいだのクゥとのキャンプの買出しで使った箱だ。

とにかく現場に戻る。

 

ブゥブゥさんがクゥを抱いて、道端に腰掛けていた。

『クゥ、笑うんだよ』と静かにブゥブゥさんが言った。

どういうことなのか、わからなかった。

クゥの顔を覗き込むと、確かに笑った。

顔を撫でてあげると、また笑った。

まだ目が見えるのかも、意識があるのかも、わからない。

最後の力だったのだろうなぁ。

クゥは、ぼくに笑ってくれたんだよ。

本当だよ。

それが、ぼくの見た最後のクゥの笑顔

 

 『クゥは車が大好きだったんだから、乗せてあげようよ』

車に乗せるとクゥは、また笑ったんだって。

家に帰れると思ったんだろうな、クゥは家が大好きだったのだから。

それから、5分もかからない家までクゥはもたなかった。

大好きな車に乗ったまま行っちまった。

最後にひとつ、痙攣して終わったんだって。

『心臓も止まっちゃったよ』というブゥブゥさんの声を、遠くで聞いていた。

ぼくの感情はマヒしていたのだろうか?

 

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ぼくが持って行った箱は、ちょっと小さすぎたので別の箱に安置した。

それは、クゥの為に買った旅行用のケージの入っていた箱だった。

飛行機で、旅行に行けるようにと買ったケージ。

結局一度も入らなかったケージ。

家の中をブゥブゥさんに任せて、バケツに水を汲んで、事故現場へもどる。

血だまりが出来ていて、小さな肉片が残っていた。

クゥの残していったものは、これだけじゃないと心のなかで言って、

水で流した。

 

クゥを安置した箱に、庭で積んだ花を供えた。

(この時期、我が家の庭にはロクな花が無かった。

花を摘んだのなんて生まれた初めてだ。)

クゥが毎日遊んでいたボールを入れた。

ぼくの匂いのついたものを何か入れてあげたいと思い、

リストバンドをいれた。

クゥがよく遊んでいたものだ。

ブゥブゥさんも、クゥの好きだった食べ物や、

何か自分のものを入れていた。

 

その頃になって、初めて涙が出てきた。

マヒしていた感情が動き出したみたい。

クゥはブゥブゥさんに抱かれて息を引き取った。

穏やかでやさしい笑顔だったって。

時に笑みも浮かべていたんだって。

死んだ原因は悲惨だったけど、幸せな死に方だったね。

 

後から思えば、クゥはぼくが戻るのを待っていてくれたんだね。

あの微笑は、ぼくへの最後の挨拶だったんだね。

ぼくが戻るまで、旅立つのを待っていてくれたんだね。

クゥは、ぼく達の家族として暮らすことに、幸せを感じてくれていたんだね。

ぼくを飼い主と認めてくれていたんだね。

ならば、わかる、あの現場にぼくが立ち会わなければならなかった理由が。

ぼくには、見届ける義務があったのだろうね。

クゥの最期を。 飼い主として。

 

犬を飼うことって、こういうことなんだと、初めてわかった気がした。

 

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ブゥブゥさんと協議の結果、クゥの体をお骨にしてもらうことにした。

エントツから薄っぺらな煙が出ている。

クゥの体を焼く煙。煙に乗って天国まで行けよ。

ながめていると涙がにじむ

これもまた、見届けなければなるまい、クゥの体がすっかり灰になるまで。

このころになって、本当に悲しみが湧き出してきた。

でも、見届けるのがぼくの義務なのだろう。

 

どうして、あんなに簡単に首輪が抜けてしまったのだろう?

どうして、さっさとクゥを捕まえられなかったのだろう?

悔やむことなどいくらでもある。

でも、悔やんだところで仕方が無い。

本当の原因は、そんなことではない。

クゥが命を落とした原因はひとつしかない。

クゥは、キチンと呼び戻しが出来なかったからだ。

もちろんそれは、クゥの責任ではない。

ぼく達が、そういうしつけをしなかったからだ。

 

呼ばれた時、クゥは呼び戻しの命令とは思わなくて、

『遊ぼう?』って言われたと思ったんだ。

きっと、そうだ。

 

出来るだけのびのび育って欲しいという気持ちもあって、

ぼく達は、あまり厳格なしつけを好まなかった。

こういうことになって初めてわかった。

しつけって、人間の社会で暮らす犬を守る為にあるんだ。

人間本位の都合には違いないけど、犬のしつけって、

人間と共に暮らす犬の命を守る為にあるんだ。

ノンリードで、どこにでも行ける自身があるくらいに、

しつけが身についていなければダメなんだ。

それくらいこの社会は、犬にとって危険が一杯なんだ。

 

ぼく達は、取り返しのつかない代償と引き換えに、そのことを学んだんだ。

クゥが、命と引き換えに教えてくれたんだ。

ぼく達は、また犬と暮らしたいと思っている。

その仔と暮らすとき、今のこの気持ちを、

けして忘れないようにしよう。

人にもそれを言おう、HPでもそれを言い続けよう。

それが、クゥの死を虚しいだけのものにしない為に出来ること。

クゥのような事故に合う犬を、1頭でも減らせれば良い。

それが、クゥがぼく達に託したこと。

ぼく達は、そう考えようと思う。

ありがとう、クゥ。

 

お世話になったみなさん、ありがとう。

励ましてくださったみなさん、ありがとう。

クゥの死を悼んでくださったみなさん、ありがとう。

クゥはきっと、幸せでした。

クゥのHPに、来ていただいたみなさま。

長い間、クゥとぼく達を応援していただき、

ありがとうございました。

 

ぼくとブゥブゥさんは、まだまだ犬とかかわって

活きて行きたいと思っています。

HPも、閉める事はありません。

ですから、みなさまとの縁も消える訳では、ないですよね。

でも、しばらくは、あまり更新出来ないとは思います。

ちょっとした中休みを、許してくださいね。

しばらくして、また新しいわんことの生活の様子をお届け出来るようになったら、

また、応援してくださいね。

クゥを応援していただいたように。

 

みなさん、ありがとうございました。

ほんとうに、ありがとう。

 

家族写真

クゥへの手紙(5)

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強い怒りやおおきな喜びの感情は、とても分かりやすいけど。

深い深い悲しみは、なんだかわかりにくいものだね。

それはまるで、さざ波のようだ。

それは一見何事もない水面のように、鏡のような滑らかで、

静かに静かに見えるけど、気付かぬうちに、

ひたひたと着実に押し寄せて来ては、不意に胸を突いて溢れ出す。

なかなか、厄介なものだねぇ。

この歳にしてぼくは、

初めて『悲しい』ってどういうことかを知ったような気がした。

 

まったくもう、クゥは、いろいろなものを教えてくれるものだねぇ。

 

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クゥが行ってしまった当初、

ぼく達はまだクゥが居ないことに 慣れなていなかった。

2階に上がる階段を見上げるとき、

そこにちょこんとおすわりしいるクゥが居るような気がしてしまう。

目が醒めたとき、ついついクゥはどこにいるのかと探してしまう。

ふとした瞬間に、クゥがいつも居た場所に目が行ってしまう。

こうしてPCに向かっていても、『遊んでよ?』って、

鼻先で足をつっついてくるのではないかと思ってしまう。

 

そういうことも、日を重ねるごとに次第に薄れていく。

ぼく達は、時間を掛けて少しずつ少しずつ、

クゥが居ないという事実を、受け入れてきています。

 

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クゥには、いささか悪いと思ったけど、

クゥの使っていたものは、あらかた片付けてしまったよ。

部屋のなかがガランとしてしまったけど、そのままにしておくことは、

なんだかあまり良くないことのように思えたから。

それから、夏の旅行を決めてきました。

クゥが居た頃には、行きたくても行けなかった南の島へ行って来る。

この夏は、ブゥブゥさんとふたりで、のんびり楽しむつもり。

ちょっと中休みだよ。

その後、多分、秋があまり深くならないうちに、

新しい仔犬と暮らし始めようと考えている。

 

ごめんね、クゥ。 クゥのことを忘れる訳ではないのだけど、

やっぱりぼく達にはわんこと一緒の暮らしを選ぶ。

今度のことで、別れる悲しみを学びました。

だけど、わんこと暮らす楽しさと喜びは、それよりはるかに大きいと思うから。

やっぱり、ぼく達はわんこと暮らしたいと思う。

クゥみたいに、美人でスタイルが良くて、やさしい仔とめぐり合えると良いなぁ。

 

クゥが、ぼく達の家に来たのは、

2002年3月30日、3月の最後の日、桜が満開の日曜日だった。

 

クゥが、行ってしまったのは、

2004年6月30日、6月の最後の日、あじさいが色付いていた水曜日だった。

 

一緒に暮らした、2年と3ヶ月。

たった821日間しか無かった。

だけど、期間の長短は問題じゃない。

ぼくの生涯のなかで、いちばん思い出に満ち溢れる日々になるはずです。

 

クゥが行ってしまってから、もう10日以上過ぎた。

あの凄惨な事故は、まるでもう何年も前の出来事のように感じる。

今日も、早起きしてブゥブゥさんとふたりで散歩してきたよ。

早起きの習慣と、朝夕の散歩の習慣は、これからも続けていくつもり。

クゥによってもたらされた良い習慣は、出来るだけ続けていくからね。

 

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クゥへの手紙は、これでだいたいおしまいだよ。

この手紙は、クゥが行ってしまった次の日から書き始めたのだけれど、

初めに書いたものは、ぼくの気持ちが昂ぶったまま書いたので、滅茶苦茶だった。

それを何度か書き直して、この形にしました。

書きたいことは、まだまだ沢山あるけれど、

全部書いたら一冊の本になってしまいそう。

うまく気持ちが表\現できたかといえば、とてもとても心もとない。

でも、これで一応の、クゥとぼく達の生活の区切りにします。

これを書く過程でも、随分と気持ちが整理できたと思うしね。

 

ぼく達は、大丈夫。

クゥは、ぼく達の家族の絆を結びなおして、強化してくれたのだから。

そう簡単に、ダメになったりしないから。

クゥは、安心して眠ってください。

でも、ぼくはふと思うんだ。

もしかして、クゥはその為に現れて、

使命を無事果たしたから居なくなってしまったのかなって。

考えすぎだよね。

でも、ぼく達からすれば、ほんとうにそんなふうにも思えるんだ。

 

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最後は、ブゥブゥさんに抱っこしてもらって良かったね。

やさしい穏やかな顔で行けたってね。

それを思い出す時。

そのことの意味を考えた時。

ぼくはなんとも言えない気持ちになるんだ。

ごめんね、クゥ。 ごめんね。

ぼくは、まだ、クゥにきちんとサヨナラを 言ってなかったっけ、

この手紙のなかで、言うよ。

今言うよ。

 

さようなら、クゥ。

さようなら、クゥ。

ありがとう、ありがとう。

ほんとうに、ありがとう。

 

クゥへの手紙(完)                2004年7月3日 23:10 GR?HIRO。

クゥへの手紙(4)

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 毎朝、仕事に出る為に家を出る。

 

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振り返ると、二階のベランダから、つまらなそうな顔で見送るクゥが居る。

後ろ髪引かれちゃうんだよね。

でも、ぼくは仕事に行かなくちゃいけないんだよ。

だって、ブゥブゥさんとクゥを食わせることが、ぼくの役割なんだから。

そのかわり、帰宅の時は心躍る。

遠くからぼくを見つけて、わんわん吼えるクゥの声が聞こえる。

嬉しくてたまらないクゥの声。

ぼくは、口笛で答える。

クゥも答える。

いよいよ玄関に近づくと、クゥは先回りして2階の階段の上で、

待ちきれなくて『キャウキャウ』鳴いている。

日常のささいなことだけど、そんなことでも、一日の疲れを癒してくれる。

 

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かつて、仕事をすることの意義や目的がわからなくなり、迷い悩んだぼくだけど。

今はもう、その答えを見つけた。

仕事の目的とは、『家族を喰わせること』。

ただそれだけだ。

それで良かったんだ。

家で待っていてくれるものの為にと思うから働けるんだ。

仕事のやりがいとか意義とか、そういったものは、

例えれば、牛丼を食べるときに振り掛ける 七味唐辛子のようなものだ。

それは、刺激を与えてはくれるけれど、 けして本質ではないのだ。

そういったものを軽視しているということではないけれど。

『家族を喰わせる為に働く』それで良いじゃないか。

そんなあたりまえの事に気付くのに、 随分回り道をしてしまった。

クゥと出会うことがなかったら、今でも迷い悩んでいるままだったと思う。

 

車が大好きだったクゥ。

車のドアを開けると、いつも真っ先に飛び乗っていたネ。

バイクを載せる為に買ったぼくの軽バンは、

近頃ではすっかりクゥの専用車のようだった。

良いサ それで、

だってその車は、素晴らしいことに、楽しい週末を運ぶ車になったのだから。

ぼくの晩酌の相手も、クゥの担当だったね。

クゥにしてみれば、おつまみのチーズのおこぼれ目当てだったのだろうけど、

まるでご相伴してくれているみたいで嬉しかった。

(それでつい飲みすぎちゃうんだけどね)

油断して寝転んでいると、顔でも耳でも首筋でも、あまつさえ鼻の穴まで、

ところかまわず舐め回したクゥ。

プロレスごっこが大好きだったクゥ。

ドッグランが好きだったクゥ。

定番のボール遊びも大好きだったネ。

かまって欲しくて、わざといたずらしていたクゥ。

寒い夜は、ふとんにもぐりこんできて、

ぼくの足に背中をぴったりくっつけて寝ていたクゥ。

一度、寝返りの拍子にケトばしてしまったネ。

あの時は、怒ってたねぇ。

いつも、週末が楽しみで『今度の休みはどこへ行こうか』と話している。

行く先を選定する基準は、もちろんクゥが楽しいところ。

 

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何度か旅行にも行ったよね。

猪苗代。 北海道。

北海道への旅は格別だったね。

たくさんの出会い。

美味しいものもいっぱいだった!(クゥはいつものごはんだったか?!)

なにより、秋の北海道はメチャメチャ気分が良かった。

最期のお泊りになってしまったけど、キャンプも楽しかった。

そのキャンプの写真のクゥは、穏やかで優しくて楽しそうな顔ばかりだ。

楽しい思い出がいっぱい残っている。

手を焼いたり悩んだりしたこともあったけど、やっぱり楽しい思い出が一番多い。

 

ただただ無為に毎日を送っていた頃に比べれば、

なんと笑いと会話が増えたことだろう。

日々の暮らしの中に、楽しみや喜びがあるって、

なんて素晴らしいことなんだろう。

ぼく達は、生活を楽しむことが、出来るようになっていた。

大袈裟に言えば、幸せを感じていた。

 

お世話になっている獣医さんの話。

『不幸な家庭で犬を飼ったところで、犬は幸せを運んできてくれる訳ではありません。

幸せな家庭で飼われてこそ、犬も幸せになれるのです。』

ぼく達は、自分達が不幸だとまでは思っていなかったけど、

幸せってどんなものなのか見失っていたんだね。

答えは、毎日の暮らしの中にあった。

クゥが教えてくれた。

クゥと出会わなかったら、思いもよらないことだったね。

 

クゥは、みんなが揃っていないと納得しない仔だったね。

ぼくかブゥブゥさんの、どちらかでも欠けているとダメという仔だった。

散歩も行きたがらない。

行ってもすぐに帰りたがる。

『散歩のあいだに、もしかしたら、帰ってきちゃうかもしれないヨ』

そんなふうに言っているようだった。

ごはんもあんまり食べない。

心配でごはんものどを通らなかったのかなぁ?

みんなが揃うと、ウソみたいに食べてくれる。

誰か家族が、外出していると、ただひたすらに待っている。

帰宅すれば、全身で喜びを表\して歓迎してくれる。

わんこってそういうものなのかもしれないけど、

そういうクゥから、ぼく達は大切なものを学んだと思う。

 

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不思議なことがあったので、ここに書き留めておこう。

 

2004年の6月27日のことさ。

あの日、ぼく達は裏磐梯まで出掛け、ドライブとハイキングを楽しんだ。

でも、当初の予\定では、ぼくはバイクのツーリングに出掛けるはずだった。

朝のうち雨が降った。

激しい雨だったので、ツーリングの幹事さんはやむなく中止を決断した。

不思議な雨だった。

集合場所付近だけ、短時間に激しい雨が降った。

すぐに晴れ間が広がった。

ツーリングの幹事さんは悔しがって、

一度解散したメンバーに再召集を呼びかけたほどだ。

その雨のおかげで、ぼく達は、ドライブとハイキングを 楽しむことが出来た。

その3日後にはあの事故が起こり、 クゥは旅立ってしまったので、

クゥとの最期のお出かけになった。

 

もしかしたら、あの雨が降らず、

予定通りバイクのツーリングに出掛けていたら、どうなっていたのか?

アスファルトに叩きつけられていたのは、

クゥではなくてぼくでは無かったのか?

クゥはぼくの代わりに行ってしまったのではないだろうか?

そんな、思いが胸の中で消えない。

 

ブゥブゥさんは言う。

『クゥは、あんたの身代わりになったんだよ』とか、

『クゥは、あんたの厄年を持っていってくれたんだよ』などと。

そんなことは、有得ないことと言うのが、一番簡単だよ。

ぼくは、そういう話は信じないほうだ。

だけど、『クゥに貰った命だから大切にしなければならない』と考え、

健康管理や交通安全に留意するならば、

それは無駄なことでは無いように思える。

今のぼくは、『そう簡単には死ねない。』と思っている。

残った人の悲しみの深さを知ってしまったから。

そういうこともまた、クゥが残していってくれたもののひとつなんだろうなぁ。

 

クゥへの手紙(4)→(5)へ続く